GSユアサの電池をめぐる物語 The Deep Story

Vol.6現場の“働き手”たちを動かす、
ディープサイクル用鉛蓄電池。

AGVや電動スイーパーをはじめとする小型電動車。
電気自動車やハイブリッド車などのクルマだけでなく、
私たちのまわりにはさまざまな電動車両があります。
蓄電池はそれらの動力源として欠くことができない存在です。
そのひとつが「制御弁式鉛蓄電池」というあまり耳慣れない電池。
従来品より50パーセントも寿命性能をアップし、
いっそうの小型化を実現した新開発の〈SLHシリーズ〉は、
きょうも現場で“働き手”たちを動かしています。

産業電池電源事業部
産業電池生産本部 技術部
喜多見 俊男

産業電池電源事業部 産業電池生産本部 技術部 喜多見 俊男

小型電動車は自動化・効率化を促進する期待の星。

大型部品を積んで24時間操業の工場内を走り回るAGV(無人搬送車)。空港ビルや駅構内では電動スイーパーが清掃作業に活躍しています。自動化や効率化促進などを背景に、いまや作業現場を支える不可欠な “働き手”として大きな期待が寄せられているのが小型電動車です。

空港ビルや駅構内では電動スイーパーが清掃作業に活躍しています。

その小型電動車の動力源である鉛蓄電池の開発に携わる喜多見は「従来品よりも寿命を1.5倍に延ばし、容積を約10%小さくした小型電動車用制御弁式鉛蓄電池〈SLHシリーズ〉を昨年10月に開発しました」と製品に手を添えながら紹介をはじめました。

今回の新製品の詳細についてはこの後に喜多見が説明しますが、私たちには馴染みがあっても一般的には耳慣れない“制御弁式”という用語が冒頭から登場しましたので、まずはその辺りから解説します。

忙しく働く小型電動車にとって、
願ってもない“メンテナンスフリー”。

制御弁式鉛蓄電池とはどのようなものか、ご存知でしょうか。鉛蓄電池は充電時に発生するガスの対処法の違いなどにより、その構造上2種類に分かれます。ひとつは正極・負極間の電気の通り道の役割を果たす電解液がたっぷり入った電槽※1に電極板とセパレータが挿入されているもので、液式(ベント式)と呼ばれて鉛蓄電池が発明された1859年当時から変わらない構造です。もうひとつの制御弁式(シール式)というのは1980年代の半ばごろより登場したもので、セパレータの役目を果たすガラス繊維などのマットに電解液を染み込ませ、電池全体を密閉した構造です。

産業電池電源事業部 産業電池生産本部 技術部 喜多見 俊男氏

「“制御弁”というのは通常の状態では閉じていますが、内部のガス圧力が規定値以上になると弁が開いてガスを放出します。しかも、ガスの発生を極力抑える仕様になっており、規定値に達するまでは発生したガスが極板に吸収されて電解液へ戻されるため、液式のように補水や比重測定などのメンテナンスが省略できます。さらに、電解液はガラス繊維に含浸されており、流動することがないので設置方法の自由度が広がります」と喜多見が教えてくれました。

現場で忙しく働く小型電動車にとって、メンテナンスフリーは大きなメリットです。それと小型電動車は電気の力で仕事をしており、どうしても作業時間が長くなりますので、その分動力源となる鉛蓄電池には毎日深い充放電が求められることになります。

※1:電槽=電池の電極板とセパレータ、電解液を入れておく容器。

持ち前の性能を発揮するには、
「深く放電」できる鉛蓄電池が必要。

「よくご存知のクルマの始動用鉛蓄電池というのは、エンジンを始動することが主な役割なので瞬間的に高電流が必要ですが、その後走行中に充電されますので浅い放電です。一方、小型電動車の中には連続で何時間も稼働するものがありますので、次の充電までの時間が長く、電池容量の大部分を使い切ることになります。この状態を“放電深度※2が深い”といいます」。この放電深度は電池寿命と大きな関わりがあり、放電が深くなるほど寿命が短くなります。

放電深度とサイクル寿命の関係
<サイクル特性>
(条件例)
●試験温度:30〜40℃    ●放電:0.25C(A)    ●充電:放電量の105〜110%
●容量確認:5時間率※3容量 0.2C(A) (1.7V/セル)
●寿命終期:5時間率※3容量の80%に低下したとき

そこで今回の〈SLHシリーズ〉の開発にあたっては、“長寿命化”が第1のポイントとなりました。「従来品は放電深度75%で400回の充放電に耐えられたのに対し、今回は600回の充放電が可能になりました。技術的にはまず、充電と放電の繰り返しによって起こる劣化モードである軟化※4を防ぐため、正極に高密度活物質を採用しました。高密度化するためには極板に活物質ペーストをギュッと詰め込むわけですが、すると寿命は延びても極板の反応表面積が減るというデメリットがあります。そこで極板の空孔容積を増加させ、反応表面積を上げる添加剤を加えました。また、電極の格子体も充放電を繰り返すと腐食が起こってきますので、これも厚みを増した骨太設計で対応しています」と喜多見。

さらに今回は極板のサイズ自体も大きくしていますが、もうひとつの開発ポイントである小型化にともなって電池の上部空間を狭めています。“天井を低くしたうえに、中に入れるものは大きく”という、相反する条件を両立させるためには相当な苦労がありました。「寿命性能については、プロトタイプの電池をつくり、幾度となく試験を重ねて目標寿命の達成に努めました。極端にいえば鉛量を増やせば増やすほど性能アップするのですが、一方ではサイズやコストという面での制約があります。その辺りの兼ね合いをどう設計するか、どうつくり込むかというところが最もむずかしかったですね」。

※2:放電深度=放電の深さを表す指数であり、パーセント(%)表示される。
        放電深度(%)= 放電電気量(Ah)/ 定格容量(Ah)
※3:時間率=充放電電流または容量を時間に関連した数値で表すための蓄電池固有の指数。
※4:軟化=活物質の粒子間の結合力が失われる状態、結晶構造が崩れていく。

寿命性能を50%もアップした新開発のSLHシリーズ
寿命性能を50%もアップした新開発のSLHシリーズ

いっそうの “長寿命・小型化”で置き換え需要に対応。

次に“約10パーセントの小型化”に話を向けますと、「AGVは特に高さ制限がありますね。上に部品や製品を積んで運びますので、低床化された本体にも搭載できる背の低い電池が求められます」。〈SLHシリーズ〉では容積効率をいちだんと向上させるために従来品には備えていた液口栓をなくし、蓋に付いていた取っ手も折りたたみできる紐取っ手に替え、上部空間の無駄をなくしたトップフラット設計としています。

ボルトだけで接続が可能なナットインサート方式の端子
ボルトだけで接続が可能なナットインサート方式の端子

ボルトだけで接続が可能になったナットインサート方式の端子も、このトップフラット化に貢献しています。また、電槽膨れを防止するための金枠は、側面につくった格子状のリブで剛性を高めることによってカットできました。「今回の必要部品の総見直しは、コストダウンを実現するという面でも相当な効果がありました」。

喜多見は「今回の開発コンセプトである“長寿命・小型化”が現場で高く評価され、新しい電動車への採用だけでなく、従来車に搭載されている鉛蓄電池からもこの〈SLHシリーズ〉への置き換えが進むことを期待しています」と自信に満ちた笑顔で新製品への思いを語ってくれました。

鉛蓄電池はまさに“縁の下の力持ち”、
さらなる進化は専業メーカーとしての責任。

専業メーカーであるGSユアサだからこそ
果たしていかなければならない責務であると考えています。

いまクルマの電動化ではリチウムイオン電池が大きな注目を集め、ポストリチウムについても研究開発が推し進められています。そんな中にあって鉛蓄電池の今後の可能性については、「軽さではリチウムイオン電池に太刀打ちできないという面もありますが、鉛蓄電池の最大のメリットは価格に対する性能の高さです。今回のように工場内で使うAGVやフォークリフト、さらにはシニアカーや高所作業車などの電池として鉛蓄電池が活用されるのも、このコストパフォーマンスの高さが理由といえるでしょう」。

さらに喜多見は「鉛蓄電池にはまだまだ進化できる伸びしろがあります。高容量化や急速充電、いっそうのローメンテナンス化などが実現できれば、鉛蓄電池の優位性を活かしてさらなる用途拡大を図ることが可能でしょう」と続けます。

産業電池電源事業部 産業電池生産本部 技術部

「この仕事に就いて実感したのですが、鉛蓄電池はホント“縁の下の力持ち”といえます。人の目に触れることは少ないですが、社会の色々なところで活躍しているのです。今回ご紹介した小型電動車用電池をご存知だった方も少ないと思いますが、街を歩いていると商業ビルやオフィス、携帯電話基地局、発電所などでもバックアップ用として使われていたり、活躍する場所は数え上げればキリがないくらいです」。しかも、長年の知見にもとづいてそれぞれの用途に合わせたさまざまな工夫がなされ、新しい技術が詰め込まれているのが鉛蓄電池。まさに喜多見がいうように“縁の下の力持ち”です。

最後に「現代社会にはなくてはならないエネルギーデバイスである産業用鉛蓄電池を、自分の手で設計して世の中へ送り出す仕事に携われたことには大きな喜びを感じます。これからも幅広い分野からの電池ニーズに応えていくことは、専業メーカーであるGSユアサだからこそ果たしていかなければならない責務であると考えています」と締めくくってくれました。鉛蓄電池の奥深さと存在感の大きさを改めて再認識しました。

産業電池電源事業部 産業電池生産本部 技術部 喜多見 俊男
“鉛蓄電池の最大のメリットはコストパフォーマンスの高さ”