エンジンとモーターというふたつの動力源を組み合わせ、
最も燃費効率のいい走りを実現するハイブリッド車。
そこには減速時の回生エネルギーを効率よく蓄電し、
エンジンをアシストするモーターに電力を供給する電池の存在があります。
GSユアサグループの一員として
ハイブリッド車用リチウムイオン電池に携わるブルーエナジーは、
すでに70万台以上のHonda車へ電池を提供してきました。
株式会社ブルーエナジー
技術開発部
左:長縄伸之(モジュール担当)
右:新田和司(セル担当)
ここに「EHW5」というモデル名を持つハイブリッド車(HEV)専用のリチウムイオン電池があります。このEHW5をつくり出しているのは、GSユアサのグループ企業のひとつであるブルーエナジー。2009年4月にGSユアサと本田技研工業(Honda)の合弁会社として設立されました。
まずセル※1を担当する新田がこの製品の開発経緯について語ってくれました。「HEV用リチウムイオン電池の本格量産品として世界に先駆けて開発したのがEH4、そのEH4の出力性能を大きく上げたのがEH5、そしてEH5以上の性能をそなえながら7%も小型化してVDA※2という国際規格サイズに適合させたのがEHW5です。17%の軽量化も達成しています」。このEHシリーズ開発にあたって、Honda開発陣からは北米の極寒地など厳しい環境下を走るときも燃費性能が変わらないような、すぐれた特性を持つHEV用リチウムイオン電池が欲しいという要求がありました。
「EHW5というモデル名にある『W』は、WorldとかWideとかの開発キーワードを意味しています。そこにはEHW5をいっそう世界中で活躍する電池にしたいという、我々の強い想いが込められているのです」とモジュール※3を担当する長縄が付け加えてくれました。
※1:セル=正極、負極、セパレータの集合体から成る電池の最小単位。単体でも充放電機能を果たす。
※2:VDA=Verband der Automobilindustrie e.V. ドイツ自動車工業会
※3:モジュール=複数のセルを接続し、構造部材で固定したもの。ブルーエナジーでは12セルと
18セルのモジュールがある。
EHW5はEH5の後継製品とはいえ、その開発にあたっては“フルモデルチェンジ”という認識だったといいます。「すべての設計をやり直し、部品全点を変えていますので、かなりの課題が生じました。その課題の多さこそが、開発にあたっての最大の壁だったといえるでしょうね」とは新田。
「取り組んだ課題のひとつに捲回体(けんかいたい)と呼ぶ蓄電素子とそれを収めるセルケースの大きな改良があります。セルケースを小型化しても、出力性能を落とすことは決して許されません。ケースの中を極限まで捲回体で埋めたいので、ケースの厚みのさらなる低減や捲回体の形状の最適化に挑みました。しかし、収容できる体積は確実に減っていますので、それを補うため電子の移動を促進する新しい正極活物質の設計も行っています」。それらの成果ひとつひとつが、小型ながらEH5と同等以上の出力性能の確保につながっています。
一方、長縄は「隣り合うセル同士を接続するためのバスバーを、ボルト接続からレーザー溶接に変更しました。メリットとしては部品点数を減らして軽くしたり、コスト低減につなげることができるのですが、溶接してしまうと万一不良が発生した場合には分解して不良部分のみを交換することができず、モジュール全体を破棄しなければなりません。ここでの品質が確保できなければ逆にコストアップになってしまうので、一番プレッシャーがかかるところでしたね」と振り返ります。
EHW5はHEV専用ですが、電気自動車(EV)用と比べてどんな違いがあるのかご存知でしょうか。その違いについて新田は「EV用電池からお話すると分かりやすいと思います。EV用は電気を充電し、充電した分だけ走りますという電池です。だから電池容量が問題で、いまはどんどん容量を大きくして航続距離を伸ばすという方向です。それに対してHEV用はエンジンとモーターの両方を組み合わせて駆動力を得ますので、いかに燃費を上げていくかという方向です。電池容量よりも、小型軽量でありながら頻繁に充放電を繰り返すことができる高い入出力特性が求められます」。
電流を出し入れする性能は電池の容量と相関があり、容量が大きい方がその性能は高くなるのですが、容量を増やせばどうしても電池のサイズは大きくなり、重量も重くなる。それではHEVには適さない。そこでHEV用電池の開発は、小型軽量化と入出力特性の向上を両立するため、抵抗をいかに低くするかという開発が中心となります。EHW5は低抵抗化の技術を導入し、高い入出力性能を達成しています。一般的なEV用リチウムイオン電池の容量は50Ahほどあり、EHW5の容量は5Ahでその10分の1ぐらいです。EV用もHEV用も車両から電池に出し入れする電流値はそれほど変わらないので、EHW5がその容量に対していかに高い入出力特性を持っているかが分かります。
さらに、Hondaといえば誰もが認めるクルマづくりへのこだわりがあります。「HEVだからといって燃費がいいだけじゃ面白くないという思想はありますね。やはりモーターの力を使ってドンと加速するようなクルマづくりが魅力です」とは新田。長縄は「システムを変えることで“走り”を差別化されているのがHondaのHEVです。ハイブリッドシステムを、想定する走りによって3種類ぐらい用意されています」。EHW5はいずれのシステムのHonda車にも搭載されており、良質のパワーフィーリングを力強くアシストしています。
GSユアサがリチウムイオン電池の開発を開始したのは1990年前後。小型から産業用の大型電池へと軸足を移す中で車載用電池の開発にも取り組んできました。その間にはリチウムイオン電池を進化させる独自の技術革新が数多くあり、ハードカーボン※4負極の使いこなし技術はブルーエナジーへしっかりと受け継がれています。「一般的には安価で、容量が出るグラファイトが使われています。それと背反するのがハードカーボンなのですが、連続した大電流の充放電サイクルに強みがあり、耐久性にすぐれ、充電量が検知しやすいので、我々はHEV用としてはアドバンテージがある材料だと判断しています」と新田はいいます。
長縄は「我々が立ち上げたHEV用電池EHシリーズのコンセプトは、“トータルバランス”です。入出力特性などにはある程度の重きはおいているのですが、クルマは10年、15年と使われることを考えると出力、耐久性、容量、安全性、信頼性など、要求される品質のどれが欠けても良くありません。ハードカーボンはこの“トータルバランス”を支える大切な技術のひとつです」。スポーツカーの最高峰といわれる「NSX」や燃料電池車「クラリティフューエルセル」に搭載されているのも、EHW5が“トータルバランス”のとれた電池であるからこそだとふたりとも胸を張ります。
※4:ハードカーボン=難黒鉛化性炭素。グラファイトは石墨・黒鉛。
電池を制するものが、未来車を制する。
いまにもEV全盛時代が到来するようにいわれる一方で、構成比は変わっていくものの2035年のHEVの世界市場は2016年の2.5倍の約460万台になるという予測※5もあります。長縄は躊躇することなく「これからもHEV用に軸足を置いた技術開発を進めていくことに変わりはありません」といいます。新田は「ガソリン車とHEVの関係は、ミッション車に代わってオートマ車が普及したのに似ていると思います。いまはガソリン車が当たり前の状況ですがHEVのシェアが拡大するのはこれからが本番ですよ」と断言します。小型・高出力化をいちだんと推し進めた次世代モデルの電池開発も進行しています。
いまや“電池を制するものが、未来車を制する”といわれる中で、技術者としての今後の抱負を聞くと新田は「乗って楽しいクルマ、いやそれはひょっとするとクルマじゃないかもしれないのですが、そういった未来の乗り物を支える電池づくりに真摯に取り組みたいですね」。長縄は「同じセルを使ってもモジュール設計を変えることによって電池をさまざまなところで役立てることができますので、モジュールとしてはもっと色んなバリエーションがつくれたらと思います。クルマの中でもこれまでにない新しい使われ方があるかもしれませんし、クルマ以外の製品でも使っていただきたいです」。ふたりに共通するのは「電池の可能性と役割の拡大」。GSユアサではHEV用リチウムイオン電池で培われてきた技術を産業用リチウムイオン電池にも活かし、すでにハイブリッド鉄道車両やハイブリッド建機、鉄道用の回生電力貯蔵装置などに搭載される高入出力用途の電池を開発し、新たな分野へもリチウムイオン電池の活躍フィールドを広げています。
※5:「2017年版HEV、EV関連市場徹底分析調査」(富士経済)
<ブルーエナジー会社概要>
会社名 | 株式会社ブルーエナジー Blue Energy Co., Ltd |
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設立 | 2009年4月1日 |
資本金 | 75億円(出資比率: GSユアサ 51.0%・本田技研工業 49.0%) |
事業内容 | 高性能リチウムイオン電池の製造・販売および研究開発 |
本社所在地 | 〒620-0853 京都府福知山市長田野町1丁目37番地 |