GSユアサの電池をめぐる物語 The Deep Story

Vol.2ミッションは、水深6500mで頼れる電池。

日本が世界に誇る有人潜水調査船「しんかい6500」。その全ての動力は、 GSユアサのリチウムイオン電池が担う。2016年春、横須賀本部に帰港した 「しんかい6500」は、3年に一度交換される新しい電池をはじめ、 定期整備によってさらにバージョンアップし、新たな深海の謎に挑む。

「しんかい6500」リチウムイオン電池開発担当
中村 慶太

しんかい6500リチウムイオン電池開発担当 中村 慶太

人を乗せて深さ6500mのフロンティアに挑み
数々の成果を挙げてきた「しんかい6500」。

海洋研究開発機構(JAMSTEC)が保有・運用する「しんかい6500」は、有人で深さ6500mまで潜れる世界有数の潜水調査船です。これまでに日本近海のみならず、世界中の海を1500回近くも探査し、深海生物の生態、生命の進化、未知の海洋資源、巨大地震の調査などに多くの成果を挙げてきました。その実力と実績は、世界中から大きな注目を集めています。 この春、「しんかい6500」は調査航海の合間に母港のJAMSTEC横須賀本部に帰り、主蓄電池を、5代目となるGSユアサ製のリチウムイオン電池に定期交換しました。

硫化鉄のウロコを持つ巻き貝「スケーリーフット」
硫化鉄のウロコを持つ巻き貝「スケーリーフット」
東北地方太平洋沖地震震源海域で発見された亀裂
東北地方太平洋沖地震震源海域で発見された亀裂

ケーブルのない「しんかい6500」にとって
電池がまさに命綱。動力の全てを依存する。

JAMSTECで長年「しんかい6500」の開発から運航まで携わり、自らもパイロットとして数多くの潜航を経験した小倉氏はこう話します。「ケーブルのない潜水調査船では、電池が全ての動力源。大容量で安心して使える電池があれば、潜航だけでなく調査や研究に使う機器にもより多くの電気が使えます。その点では、諸外国の潜水調査船に比べて、格段に高性能な電池を使っていると言えます。評価の違いはありますが、『しんかい2000』も『しんかい6500』も、電池の能力を前提として造られているのです。」
「しんかい6500」には、実際に数多くの電気機器が搭載されています。推進装置は2基の主推進機に加えて、垂直・水平方向の推進機が2基ずつ。前方部には、ハイビジョンのTVカメラ2台とスチルカメラ1台、7灯の強力な投光器を備えます。さらに、遠隔操作により、深海で自在にものをつかめるマニピュレータ(ロボットハンド)も装備しています。現在使われているリチウムイオン電池は、一般家庭なら、およそ10日分の電力をまかなえる容量です。

国立研究開発法人 海洋研究開発機構 海洋工学センター 企画調整室 室長 小倉 訓氏
国立研究開発法人 海洋研究開発機構
海洋工学センター 企画調整室 室長 小倉 訓氏
船尾の左右に2基ある主推進機
船尾の左右に2基ある主推進機
前方部のカメラやマニピュレータ
前方部のカメラやマニピュレータ

小指の先に軽自動車が乗っているような水圧。
極限の環境で間違いなく作動する電池を作る。

深海調査の最前線で働かれている方々の人命と研究をサポートするために、最善の電池を開発しようと思いました。
「実際に潜ったことで、深海での電池の重要性を実感しました」(中村)
「実際に潜ったことで、深海での電池の重要性を実感しました」(中村)

6500mの深海は、地上で日常生活を送る私たちには想像もできない環境です。1cm四方に約680kgの水圧がかかり、水温はほぼ0℃。この特殊な条件下で使うリチウムイオン電池の開発に当たったGSユアサの中村は、開発当時を振り返ります。「小型軽量で長寿命なリチウムイオン電池は潜水調査船の電源にぴったり。しかし、当時は誰もやっていないので、水深6500mの高圧・低温下で電池が機能するかどうかさえ、最初はわかりませんでした。試作品を作っては高圧タンクに入れ、充電と放電を繰り返す…という日々が続きました。」

有人潜水調査船の電池には、さらに厳しい使命が課せられます。それは、信頼性です。実際に「しんかい6500」の潜航を体験した中村は言います。「パイロットとともに搭乗し、ハッチが閉められたときは緊張しました。潜航するにつれて覗き窓の外はブルーから漆黒に変わり、無音の中で膝をつき合わせた乗員3人だけの時間が訪れます。私が潜ったのは訓練潜航なので1000mほどでしたが、日夜、深海調査の最前線で働かれている方々の人命と研究をサポートするために、最善の電池を開発しようと思いました。」

FRP(繊維強化プラスチック)製のケースに納められ出荷を待つ5代目「しんかい6500」専用電池
FRP(繊維強化プラスチック)製のケースに納められ出荷を待つ5代目「しんかい6500」専用電池

毎年必要だった電池交換が3年に1回に。
リチウムイオン電池のメリットは計り知れない。

実は、1989年の「しんかい6500」初潜航から2003年まで使われていた酸化銀亜鉛電池もGSユアサ製でした。酸化銀亜鉛電池はエネルギー密度が高く、潜水調査船に適した電池でしたが、寿命が短いことがネックでした。そこで、長寿命で小型軽量なリチウムイオン電池に着目し、深海での使用に耐える専用電池を開発することになりました。
2004年、主蓄電池をリチウムイオン電池に入れ替えると、その効果は期待以上でした。電池の交換を主導した小倉氏によると、「いちばん助かったのは、メンテナンスフリーになったこと」だといいます。「酸化銀亜鉛電池では15回使用ごとに整備が必要だったので、その都度帰港しなければいけません。リチウムイオン電池になって、3年間で200回まで整備なしで使えるようになり、運用面の自由度が格段に上がりました。一度の航海で、より長期間にわたる数多くの潜航が可能になり、研究者の多様なニーズに応えることができるようになったのです。その成果のひとつが、2013年に行った世界一周航海です。」

交換用の電池が整備工場に運び込まれる。主蓄電池室は船体の左右2カ所。
交換用の電池が整備工場に運び込まれる。
主蓄電池室は船体の左右2カ所。

さらに小倉氏は続けます。「意外なメリットもありました。電池全体で480kg軽量化できたのですが、それによって浅い海での潜航がしやすくなりました。深海6500mの環境に適合するように造ってある潜水調査船は、深度による浮力変化の影響で浅い所が苦手なのです。軽量化によってその弱点が補われ、2000mより浅い海も一隻でカバーできるようになったのです。」

定期整備を終えた「しんかい6500」は
真新しい電池を載せて、新たな航海へ。

「当初「しんかい6500」は1パイロット制で計画されたのですが、安全性や信頼性の観点から、パイロット2名と研究者1名での潜航という制限が付いていました。機器の高度化と、運航の信頼性や安定性が確実になったことで、今年度冬に行われる定期検査工事において、1パイロット制に戻すべく改造されることとなりました。これにより、さらに多くの研究者のニーズに応えることができるようになります。

研究者が2名乗船できるようになった新しい操縦室(右)と整備中の船体。
研究者が2名乗船できるようになった新しい操縦室(右)と整備中の船体。

小倉氏は整備中の「しんかい6500」の前で、中村とともに自信に満ちた表情で話してくれました。「1500回近くの潜航を無事故で運用している素晴らしいスタッフと、この船を誇りに思います。私たちの仕事は、意欲のある研究者をサポートすることです。安全に運んで、しっかり研究してもらい、無事帰ってくる。信頼できる電池があるからこそ、私たちは安心して世界中で深海探査を遂行できるのです。」

「信頼できる電池があるから、安心して研究者をサポートできます。」(左:中村、右:小倉氏)
「信頼できる電池があるから、安心して研究者をサポートできます。」(左:中村、右:小倉氏)