GSユアサの電池をめぐる物語 The Deep Story

Vol.3アイドリングストップ車用電池、
まだまだ鉛蓄電池の進化は止まらない。

アイドリングストップ車はいまやエコカーの主役、国内では新車販売の6割以上を占めるといわれます。しかし、コモディティ化の代表選手とまでいわれた鉛蓄電池の新たな進化がなければ、その実用化は成し得ませんでした。アイドリングストップ車普及の陰に隠れていた、もうひとつの開発物語をご紹介します。

グローバル技術統括本部  自動車電池技術部
和田 秀俊

しんかい6500リチウムイオン電池開発担当 中村 慶太

いま世界は温室効果ガスの排出ゼロに向けて動きはじめた。

2015年のCOP21※1で採択され、世界100カ国以上が締結した「パリ協定」発効のニュースを耳にした方も多いでしょう。地球温暖化対策の新たな国際ルールで、産業革命以前と比較して世界平均気温の上昇を2℃以下の水準に抑えるため、CO2などの温室効果ガスの排出を今世紀後半には実質ゼロにすることをめざすものです。

CO2は自動車からの排出が多く、例えば2014年度の日本の総排出量12.7億トンの約15%※2が自動車からといわれます。パリ協定の発効で自動車へのCO2排出量や燃費に関する規制が、世界的にますます厳しくなるでしょう。

※1:COP21=国連気候変動枠組条約第21回締約国会議
※2:参考資料=温室効果ガスインベントリオフィス「日本の温室効果ガス排出量データ確報値」にもとづく「運輸部門における二酸化炭素排出量」(国土交通省作成)

アイドリングストップで、地球温暖化ストップ。

国立研究開発法人 海洋研究開発機構 海洋工学センター 企画調整室 室長 小倉 訓氏

自動車の低燃費化技術は急速に進んでいます。ハイブリッド車、アイドリングストップ車(以下IS車)、電気自動車、燃料電池車などが次々と市場投入され、その中でもIS車は世界で急速に普及しています。日本の新車販売においては2015年実績で330万台以上、ガソリン車の約62%がIS車といわれますから、すでにIS車に乗っている方も多いでしょう。

ここで、アイドリングストップシステムについて説明しましょう。赤信号などで一時停止したとき、スイッチを操作することなくエンジンが自動的に停止します。それによって燃料消費量が減り、CO2排出を削減できます。他のエコカーと比べてシステムが単純で、追加コストが少ないために2012年ごろから急増しました。

しかし、その陰には歴史も古く、伸びしろが少ないと思われていた鉛蓄電池の新たな進化という“アナザーストーリー”が隠されていたことを知る人は少ないでしょう。

FRP(繊維強化プラスチック)製のケースに納められ出荷を待つ5代目「しんかい6500」専用電池
2011年〜2015年の実績は予想を大きく上回り、今後も堅調に増加。

IS車普及の陰に隠れていたアナザーストーリー。

FRP(繊維強化プラスチック)製のケースに納められ出荷を待つ5代目「しんかい6500」専用電池

2008年からIS車用鉛蓄電池の開発に携わってきた和田は「IS車はエンジン停止中の各デバイスへの電気負荷を補うため、鉛蓄電池から多くの電力を供給する必要があります。そのため従来の鉛蓄電池に比べて格段に劣化しやすくなります。さらにブレーキ制動時の回生エネルギーをより多く電池に充電する必要があります。従来の鉛蓄電池ではIS車には対応できず、2000年前後から専用バッテリーの開発を本格的に始めました」と話します。

専用バッテリーに求められたのは負荷増大に対する“耐久性能の向上”と、放電した電力を10秒以下の短時間で回復させる“充電受入性能の大幅な向上”でした。開発は従来製品のほぼすべての部材の見直しから始まり、困難を極めました。

FRP(繊維強化プラスチック)製のケースに納められ出荷を待つ5代目「しんかい6500」専用電池
IS車は従来車よりもバッテリーのエネルギー消費が大幅に増える。
また、消費したエネルギーを回復できる時間も非常に短い。
FRP(繊維強化プラスチック)製のケースに納められ出荷を待つ5代目「しんかい6500」専用電池
新規電解液添加剤により、充電反応に必要な
エネルギーが減少し、充電受入性能が向上する。

電解液への新規添加剤の開発はその一例です。充電受入性能を高めるため、電気の通り道である電解液の働きに注目しました。試行錯誤の末、反応を活性化させる画期的な添加剤を開発し、充電受入性能を約20%も向上することに成功しました。

オールGSユアサでIS車用鉛蓄電池のトップランナーへ。

100年以上培った研究成果があるからこそ、
開発期間がタイトでも独自技術を確立することができた。
FRP(繊維強化プラスチック)製のケースに納められ出荷を待つ5代目「しんかい6500」専用電池
開発中は実車走行試験も含め、年間1000以上のバッテリーを試験に費やした。

いまでは第4世代のIS車用鉛蓄電池を市場投入しています。世代を重ねるごとに性能は飛躍的に高まり、従来の鉛蓄電池に比べて耐久性能は4倍に、充電受入性能は3倍に向上しました。しかし、IS車は非常に短期間で普及したため競争も激しく、“やられたらやり返す”の連続だったそうです。その時を振り返りながら和田は「100年以上培った研究成果が強みでしたね。それがあったからこそ、開発期間がタイトでも独自技術を確立できました。おかげでIS車用鉛蓄電池の国内トップランナーになれました。自動車メーカーからの高い評価を肌で感じています」といいます。

それまでの基礎試験では上手くいっても、実際の工場試作では思いもよらないトラブルが続発したそうです。「工場は日々の生産があり、試作のためにラインを空けるのが困難でした。でも、開発が佳境に入ると工場のスタッフたちは何とかスケジュールをやり繰りし、率先して対応してくれました。その気持ちに応えるためにも、一日も早く本格生産にこぎつけて多くの自動車メーカーに採用してもらおうと思いました」。

IS車用鉛蓄電池の開発はGSユアサの総力、社員全員のベクトルがひとつの方向へ向かい、それが一気に加速することで実を結びました。2014年には第46回市村産業賞※3「貢献賞」を受賞。いまでは国内の新車向けIS車用鉛蓄電池の4割強のシェアを誇り、50車種以上に採用されています。

※3:市村産業賞=昭和43年にリコー三愛グループの創始者・市村清氏が提唱し、産業分野の発展に貢献するすぐれた国産技術を開発した者に贈られる賞。
交換用の電池が整備工場に運び込まれる。主蓄電池室は船体の左右2カ所。

総合バッテリーメーカーとして未来カー実現に貢献。

「信頼できる電池があるから、安心して研究者をサポートできます。」(左:中村、右:小倉氏)
IS車対応 エコ.アール シリーズ

加速時にモーターでエンジンをアシストする加速アシスト機能の拡大をはじめ、IS車はさらなる燃費改善を進めていくでしょう。IS車用鉛蓄電池にもいっそう厳しい要求が突きつけられます。IS車用鉛蓄電池は長時間放電した状態で使用されるため、電極内部に粗大な結晶ができ、充電しても元に戻らなくなります。この現象をサルフェーションと呼び、バッテリー寿命を短くします。「いわばバッテリーの病気のようなものですね。このサルフェーションの改善をめざして開発した第5世代をまもなくお届けできる予定です」と明かしてくれました。

いま自動車は歴史的な転換点にあります。直近のモーターショーではクルマの概念を変えるような未来カーが発表されました。大きな進化に、GSユアサはどう対応していくのか。「例えば自動運転システムが普及すれば、必ず冗長性が必要になってきます。システムの多様化は間違いなく進みますよ。3つ4つのバッテリーが搭載される可能性もあるかもしれません」。それは各バッテリーメーカーが保有するシェアを失うピンチですが、一方では大幅に拡大するチャンスにもなるでしょう。GSユアサでは第6、7世代のIS車用鉛蓄電池の開発がすでにスタートしています。また、深放電での耐久性にすぐれたマイルドハイブリッド車用の制御弁式鉛蓄電池の量産実績もあります。鉛蓄電池だけでなく、車載用リチウムイオン電池も有しています。「私たちは総合バッテリーメーカーです。持てる技術をフルに展開すれば、自動車メーカーからの厳しい要望にも的確に応え、未来カーの実現にしっかり貢献していけると思います」と力強く答えてくれました。

「信頼できる電池があるから、安心して研究者をサポートできます。」(左:中村、右:小倉氏)